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Grb2が強力な分子シグナル伝達経路を制御/MDアンダーソンがんセンター
- 2012年6月21日
タンパク質が増殖因子受容体に結合して正常機能開始を準備―4種の癌と関連する可能性
MDアンダーソンニュースリリース 2012年6月21日
かつては関連するタンパク質を受動的に結びつけるにすぎないと考えられていたGrb2(グラブ2)が、実際はその呼び名のとおり、重要な細胞シグナル伝達経路の制御棒をしっかりつかんでいる(grab:握る)ことを、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者らがCell誌6月22日号に報告している。
「Grb2は、繊維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)を介して正常なシグナル伝達を制御するスイッチです」と、論文の統括著者であるMDアンダーソン生化学・分子生物学部門教授John Ladbury博士は述べた。
「増殖因子がFGFRに結合してこの分子経路を活性化する前から、Grb2が細胞の恒常性(安定した状態)をコントロールしている、というのがおそらく最も理にかなった考え方でしょう」とLadbury氏は言う。
今回の新知見で、FGFRシグナル伝達の基本的な側面が明らかになっただけでなく、乳癌、膀胱癌、胃癌、メラノーマに見られるゲノム変化がなぜ癌の形成と増殖を促進するのかを説明できる可能性を示した、とLadbury氏は指摘する。
FGFRは、細胞表面に増殖因子と結合する部位を持つほか、内部領域では、細胞内のタンパク質にリン酸基を付加することにより、増殖因子のシグナルを伝達する。
FGFRはリン酸化によって、細胞周期や細胞増殖、移動など、数多くの重要なプロセスを制御している。これらの経路のどれかが過剰に活性化すると、癌の増殖や生存につながる可能性がある。
「ニュートラルでアイドリングしている車」のように準備ができている
Grb2の正式名称「増殖因子受容体結合タンパク質2(growth factor receptor-bound protein 2)」はその位置を反映している。分子シグナル伝達経路のマッピングが一気に進んだ1990年代に、Grb2は他のタンパク質と結合する以外に活性を持たない「アダプタータンパク質」に分類されていた、とLadbury氏は指摘した。
マッピングが進んだ一方、シグナル伝達経路の各タンパク質の機能の解明は立ち遅れたと同氏は述べており、この領域の研究が今なお進められている。
「考えてみれば、細胞はなぜ、タンパク質同士を受動的につなぐだけのタンパク質をわざわざ産生するのでしょうか」。Ladbury氏らは、Grb2は単にそうではないことを見出した。
同氏らによれば、Grb2はFGFRの細胞内のシグナル伝達部位に結合して、FGFRが他の経路を活性化するのを防ぐと同時に、別のタンパク質の力を借りてシグナル伝達を開始するには不十分なレベルのFGFRのリン酸化を可能にしている。このベースラインレベルのリン酸化は、増殖因子が受容体を活性化させなくても生じ、Grb2がFGFRに結合している場合にのみ起きる。
「これは、ニュートラルでアイドリングしている車のように考えることができます」とLadbury氏。「エンジンはかかっていますが動いていません」。
しかし活動に向けた準備は整っており、このようなFGFRのアイドリング状態のほうが完全なシグナル伝達を引き起こす外部の増殖因子を引きつけやすいことを研究チームは見出した。さらに、増殖因子FGFが受容体に結合して受容体が活性化すると、
・FGFRが、自らを抑制していたGrb2にリン酸基を付加する。
・リン酸化されたGrb2は受容体から離れる。
・内部のシグナル伝達領域からGrb2が離れると、FGFRはその領域の形状を変えることができ、他のタンパク質をリン酸化してシグナル伝達が可能となる。
「増殖因子は、本質的にはアイドリング中の車のギアを入れて発進させるのです」とLadbury氏は言う。FGFRをウォーミングアップしておいてから活性化したほうが、リン酸化ゼロの状態からスタートするよりも、細胞にとって経路を活性化する効率的な方法と考えられる。
このメカニズムは他のチロシンキナーゼ受容体タンパク質にもあてはまると信ずるに足る理由があると、Ladbury氏は指摘する。チロシンキナーゼ受容体はFGFRを含む受容体群で、他のタンパク質をリン酸化することでシグナル伝達系を活性化する。その可能性を明らかにするにはさらなる研究が必要であろう。
癌抑制にかかわる可能性
これらの知見は、膀胱癌と胃癌にみられるゲノム欠失やメラノーマにみられる点突然変異が、癌を促進する理由を説明できるメカニズムを示している。
いずれの場合も、FGFR遺伝子の内部シグナル伝達領域をコードする部分が影響を受けている。この領域に異常があると、Grb2は結合することができない。「それによってFGFR経路が常にオンとなる可能性があります」とLadbury氏は述べた。
FGFRは、MAPKシグナル伝達経路を開始させる。MAPKは、異常に活性化すると癌を促進することが知られている。Ladbury氏らは、Grb2が腫瘍抑制の役割を果たす可能性を確認している。
研究チームは、細胞生物学実験、生物物理学学的解析、構造解析を行い,Grb2とFGFRの関係を確認した。「私はこの研究グループを非常に誇りに思います。基本をすべて網羅し、システムを完全に説明することができました」とLadbury氏は述べた。
同氏のグループは引き続き以下の研究を進めている。
・癌細胞は、Grb2が異常なレベルになりやすいのか、そのことがFGFRシグナル伝達の制御に影響を及ぼすのか
・Grb2の結合と分離のサイクルが乱れることにより、どのように癌につながるのか
・Grb2がFGFRによってリン酸化されるメカニズム
本研究はG. HaroldおよびLeila Y. Mathers慈善団体から資金援助を受けた。
共著者は、筆頭著者のChi-Chuan Lin(Ph.D)およびFernando Melo(Ph.D)、Kin Suen, Loren Stagg(Ph.D)、Stefan Arold(Ph.D)、Zamal Ahmed(Ph.D)(MDアンダーソンの生化学・分子生物学部門および生体分子構造・機能センター)並びにRagini Ghosh(Ph.D)、John Kirkpatrick(Ph.D)(ロンドン大学ユニバーシティカレッジ構造分子生物学研究所)である。
Suenはテキサス大学生物医科学大学院(MDアンダーソンとヒューストンのテキサス大学ヘルスサイエンスセンターの共同プログラム)の大学院生である。
2012年6月21日
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JAMT関西グループ 訳
金田澄子 (薬学) 監修
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