2011/11/01号◆クローズアップ「癌悪液質の謎に挑む」 | 海外がん医療情報リファレンス

2011/11/01号◆クローズアップ「癌悪液質の謎に挑む」

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2011/11/01号◆クローズアップ「癌悪液質の謎に挑む」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2011年11月01日号(Volume 8 / Number 21)

日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~

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◇◆◇ クローズアップ ◇◆◇

癌悪液質の謎に挑む

一部の推計によると、癌死亡の3分の1近くは悪液質と呼ばれる消耗性症候群が原因の可能性があるという。悪液質は、患者とその家族にとって悲惨な状態になることもある。骨格筋量が劇的に減少し、しばしば相当な体重減少を伴うという特徴がある悪液質は一種の代謝異常で、体内では骨格筋および脂肪組織が過度に分解される。悪液質となった患者は非常に虚弱なために歩くことすら困難を伴うことが多い。

悪液質は多くの癌に起こり、通常は病期が進行した頃に起こる。もっともよく見られる癌の種類は膵臓癌と胃癌であるが、肺癌、食道癌、大腸癌、頭頸部癌にも見られる。

悪液質が死亡率に与える影響の大きさや、治療に対する反応や患者が治療に耐える力を悪液質が妨げることを強く示唆するデータがあるにも関わらず軽視されている、と筋肉消耗の専門家らは語る。今まで悪液質を予防したりその進行を阻止する効果的な治療法は見出されていない。食べることのできる患者さえ(悪液質では食欲抑制、食欲不振が普通に見られる)、栄養改善を行ってもまったく進行を止められないことが多い。

それでもここ数年間で癌悪液質の根底にある生物学を理解するための研究が始まった。いくつかの研究では大きな効果をもたらす可能性を秘めた治療アプローチが見出されており、研究新薬や他の用途に承認された薬などの臨床試験が数多く実施され、一部は進行中である。

「複数の研究が注目を浴びるようになり、臨床試験も前へ進んでいるのは非常に刺激的です」と、メイヨークリニック総合がんセンターの腫瘍医Dr. Aminah Jatoi氏は述べた。

「腫瘍医はこれらの臨床試験についてよく知り、自分の患者に参加を呼びかけることが重要です」と話すのは、今年早々に、癌関連悪液質をより正確に定義するコンセンサス声明を出した臨床医および研究者の国際グループのメンバー、Jatoi氏である。この声明では悪液質の分類法も出されており、ある意味で腫瘍のステージ分類に似たものとなっている(詳細は下記囲み記事「癌悪液質の定義」を参照)。

悪液質は癌に限ったことではない。AIDS患者や、慢性の腎臓病、心疾患などのほか、重度の外傷または熱傷でも普通に見られる、とハーバード大学医学部のDr. Alfred Goldberg氏は話している。同氏は筋肉消耗とタンパク質分解の研究を続け、癌治療薬ボルテゾミブ(商品名:ベルケード)を開発した。臨床に応用できる可能性は広く、Goldberg氏は「この領域における治療探索の可能性は実に膨大です」と述べた。

なぜ、どのように悪液質となるか

もう一人の共著者であるクリーブランドクリニックがんセンターのDr. Mellar Davis氏によると、このコンセンサス声明はいい滑り出しだという。しかし、癌患者においてどのように悪液質が進行するのか、また、栄養、身体活動性から疾病に特異的な因子(癌治療や鎮痛オピオイドによるテストステロン低下)に至るまであらゆる因子は悪液質の進行にどのような影響を与えるのか、なお深く掘り下げる必要がある、とDavis氏はさらに述べた。

悪液質の発生および進行には多くの因子が関わることは明らかだ、とGoldberg氏は説明している。Goldberg氏は、悪液質の本質は「空腹、外傷、病気と戦うために適応してきた宿主反応を越えてしまったもの」だと考えていると述べた。この反応が起こっているあいだ、体は追加エネルギーをアミノ酸の形で筋肉から得てブドウ糖に変換し、脳機能を維持しようとする。ここで問題となるのは「患者に十分な栄養を与えても、癌においてこの反応を断ち切ることができない」ことだとGoldberg氏は言う。

フィラデルフィアのジェファーソン・キンメルがんセンター所属のDr. Teresa Zimmers氏は、炎症が「癌も含め多くの疾患における悪液質に共通する課題の一つ」であることが多くの研究で示唆されている、と述べた。

炎症は腫瘍に対する体の免疫応答の一部として発生し、その結果前炎症性サイトカインが産生される、とNCI癌生物学部門(DCB)のDr. Konstantin Salnikow氏は説明。炎症性サイトカインは腫瘍細胞を殺傷するように働くこともあるが、一部は体内の代謝を異化、すなわち筋肉中のタンパク質および脂肪を分解する方向に傾けてしまうと思われる。

特に、数種のサイトカイン濃度の上昇と癌患者における悪液質および死亡率が密接に関係している。たとえばNCIが支援したマウスモデルにおける研究で、Zimmers氏はサイトカインであるIL-6の濃度が上昇すると悪液質が惹起されることを示している。Zimmers氏らはIL-6が悪液質を引き起こす可能性のあるメカニズムの一部を解明する研究を開始した

治療法を求めて

癌悪液質の根底にある生物学の理解は不完全なままであるが、可能性のある治療法のいくつかについては臨床試験の初期段階に入っている。

悪液質(特に病期が進行した後に起こる場合)に打ち勝つには、2種以上の薬剤を要するだろう、とDCBのDr. Barbara Spaholz氏は話している。「癌の種類やその他の因子によってそれぞれ異なる標的を攻撃しなければならないでしょう」とSpaholz氏は述べた。

もっとも研究が進んでいると思われるのが、テネシー州メンフィスに本社があるGTx社が開発した選択的アンドロゲン受容体調節剤のGTx-024(商品名:オスタリン)である。同社は8月にこの試験薬に関する第3相臨床試験を2つ立ち上げ、これにPOWER1およびPOWER2という愛称をつけ進行性非小細胞肺癌患者における悪液質の予防または治療を試みた。

研究者や医薬品、バイオテクノロジー関連会社は、筋肉の成長に非常に大きな影響を及ぼすいくつかの増殖制御物質、とりわけアクチビンおよびミオスタチンにますます照準を合わせるようになっている。ミオスタチンの本来的な機能は筋肉成長のブレーキ役となることである。ミオスタチンの産生を支配する遺伝子に変異がある羊、マウス、犬、牛では過度に筋肉質となる。2004年に報告された症例では、出生時に「異常なほど筋肉質で、大腿および上腕の筋肉が突出していた」ドイツ人の子どもはミオスタチン遺伝子に変異が生じていた。

昨年報告された2件のマウスモデル研究(1件はZimmers氏主導の研究、もう1件はバイオテクノロジー関連のAmgen社所属のDr. H.Q.Han氏の研究)で、ミオスタチンおよびアクチビンの活性を阻害すると、悪液質に大きな効果をもたらす可能性があるという強力な証明がなされた。両研究では、ミオスタチンおよびアクチビン受容体を変形させたActRIIBという試験薬の別バージョンをそれぞれ使用した。ActRIIBはミオスタチンおよびアクチビンのデコイ(おとり)として働き、これらのタンパク質を循環系から排除してしまう。

Zimmers氏の研究ではActRIIBが大腸癌マウスモデルの悪液質を改善する可能性が示された。Han氏らは、同じマウスモデルを用い、この治療によって悪液質が改善するだけでなく、治療したマウスは腫瘍が普通に増殖し続けても未治療のマウスに比べ相当長く生存することを示した。本研究の共著者であるGoldberg氏はこの知見は「きわめて注目に値する」と述べている。同研究ではまた、ミオスタチンおよびアクチビンを標的とすることで悪液質による心筋の喪失が改善されることが初めて示された。

これから上り坂

マウスでは期待される結果が出たものの、まだ解決されていない疑問や課題がある、と強調するのはジョンズホプキンス大学のDr. Se-Jin Lee氏だ。同氏はミオスタチンを発見し、2005年に製薬会社のWyeth社(現在はPfizer社の一部門)の研究者と共同でActRIIBの最初の型を開発した人である。

「もっとも有益な研究の一つとして、消耗を経験した患者から筋肉サンプルを採取して(アクチビンおよびミオスタチンによって制御される)経路が活性化されているかを見る研究が考えられます」とLee氏は述べた。

Lee氏はさらに、ActRIIBをヒトで使用するには改良が必要かもしれないと述べた。これは同薬がミオスタチンおよびアクチビン以外のタンパク質にも結合してしまうためで(マウスでは強力であった理由の一つ)、想定外の望まぬ副作用を生じる可能性がある。

少なくとも1社、マサチューセッツ州に本社を置くAcceleron社で、ActRIIBを標的としてある型の筋ジストロフィーの治療をめざす第2相臨床試験が2件実施された。これらの試験は、患者で治療に関連する出血が認められたことから今年すでに中止されている。Amgen社の代表は以前のマウスモデル研究で使用した試験薬の開発状況に関する調査に応じなかった。

Lee氏は、「この経路を標的とするのは、たとえそれが(筋肉の消耗を)惹起する役割を果たしていないとしても、経路をたたくことで筋肉量の維持という点からみて臨床上の大きな利益となるからです」と述べた。

Salnikow氏は、悪液質を標的とすることは、おそらく筋肉の過度な分解によって得られたエネルギー分子を癌細胞から奪うことにより、腫瘍に対する波及効果をもたらす可能性を指摘した。同氏は他に期待するところもある。

「悪液質に至る初期のスイッチを同定することができれば、悪液質によるさまざまな影響を防ぎ、患者が治療に耐えられる力をつけることが本当にできるかもしれません」とSalnikow氏は話している。

—Carmen Phillips

 

癌悪液質の定義今年5月、Lancet Oncology誌で発表された、癌患者における悪液質を診断するための基準となる癌悪液質の定義及び分類に関する国際的コンセンサスは次のとおり。・過去6カ月以上にわたって5%を超える体重減少がある

・BMIが20未満で2%を超える体重減少がある

・補正四肢筋量が別の消耗性症候群であるサルコペニア(骨格筋減少症)と同等で、2%を超える体重減少がある

合意に達した癌悪液質の病期分類は次のとおり。

・前悪液質:体重減少は5%未満で、耐糖能異常や食欲不振を伴う
・悪液質:体重減少が5%を超え、他の症状や状態が悪液質の診断基準に一致する
・不応性悪液質:癌治療に応答しなくなった患者における悪液質で、パフォーマンススコアも低く余命3カ月未満と予測される

 

筆者からこの記事を書いたのは義兄弟Geneが2011年4月に亡くなったのがきっかけだ。彼は2カ月ほど前に転移性肺癌と診断された。最後に会ったとき、一緒にテレビでアンディ・グリフィス・ショーを見た。テレビでは多くの番組をやっているが、Geneはいつもホームコメディや警察ものを好んで見ていた。体格は大きくなかったが、生来、力が強くがっしりしていた。握手すると痛かったものだ。カウチに一緒に座って、テレビの中の出演者たちがへまをやらかしてまたもおかしな災難に見舞われるのを見ながら、Geneが劇的に変化してしまった様子に私はショックを受けた。彼はあっという間に25ポンドもやせてしまったのだ。立つことさえ難しかった。皮膚は黄色くなり、顔はやつれ、声はかすれ、眼の色は曇っていた。その一週間後、Geneは衰弱のため自分でベッドから出ることもままならなくなった。体重はさらに落ち、例のカウチに座るには自身を運んでもらわなければならなくなった。しばらくして、彼は妻と12歳の娘がよりそうなか天に召された。私の妹が記憶するところでは、主治医は「悪液質」という言葉は一度も使わなかったという。私は悪液質という単語は聞いたことがあり、それが何たるかの一般的な知識は持っていた。だが、Geneが亡くなったことで、悪液質やこの悲惨な状態に関する研究の現在についてもっと知りたくなった。それをまとめたのがこの記事である。

—Carmen Phillips

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橋本 仁  訳
廣田 裕 (呼吸器外科/とみます外科プライマリーケアクリニック) 監修
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