2007/07/10号◆特別レポート「癌の数学」 | 海外がん医療情報リファレンス

2007/07/10号◆特別レポート「癌の数学」

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2007/07/10号◆特別レポート「癌の数学」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2007年7月10日号(Volume 4 / Number 21)
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◇◆◇特別レポート◇◆◇

癌の数学

土壌中の有機物の分解に重要な微視的寄生虫である土壌線虫は、癌研究と縁がないと考える人がほとんどであろう。しかし、Dr.Vito Quaranta氏およびDr.Alexander ‘Sandy’ Anderson氏の求めていた答えは異なっていたようである。腫瘍の浸潤をコンピュータによりシミュレーションさせる複雑な数学モデルを構築しようという2人の協力関係は、Dr.Anderson氏が土壌線虫の体内移行を予測するために設計し、開発したモデルを応用することから始まった。

「数学者は50年間、癌のモデル化を行ってきた。しかし、癌生物学者が、スコットランドのダンディー大学出身のDr.Anderson氏のような新世代の数学者と協力して、癌の発生、進行、および転移に関与する複合因子を捉え、統合することを目的とした数学モデルを構築するようになったのは、ここわずか10年のことである」と、ヴァンダービルト大学統合癌生物センター長Dr.Quaranta氏は述べている。

癌研究におけるこのイン・シリコ(in silico)(注*コンピュータのシミュレーションに基いたの意)ヘの動きは、実のところ始まったばかりである。数理生物学と真剣に共同研究を行っている癌の実験研究者や臨床研究者はほんの一握りであり、イン・シリコ研究は権威ある腫瘍学会誌に突破口を開こうとしている段階にある。

しかし、イン・シリコ癌研究の発展を支援するNCI(米国国立癌研究所)統合癌生物学プログラムの長Dr.Daniel Gallahan氏によれば、イン・シリコ癌研究の時代が到来し、求められているということである。

「癌研究者は、遺伝子、細胞内のシグナル伝達経路、ここ最近ではmicroRNAなど、癌のプロセスにおいて生物学的、分子学的に重要な部分を発見し、特徴化するという面で目覚しい業績をあげてきた」と、Dr.Gallahanは強調している。

「しかし、そうした断片のすべてをつなぎ合わせようとした途端、やっかいになってくる。人間の理解力および直感にとって、状況を判断し、実際に起こっていることを推定するこの作業が真の課題となるのである。

コンピュータによるモデル化は、複雑な生体システムである癌の全体像を描き出し、特定の癌の内部および周囲のどの因子がその運命を決定付けるのかについて、より優れた評価を行うのに役立つ。この見解を支持するエビデンスが増加している。例えば、過去数年間に発表されたイン・シリコ研究は、微小環境が腫瘍に対して重要な影響を及ぼす可能性について強調してきた。

このような研究の1つが、Dr.Vittorio Cristini氏およびカリフォルニア大学アーヴァイン校のチームにより『Clinical Cancer Research』誌で発表された2005年10月の研究である。本研究によれば、コンピュータによる脳腫瘍のシミュレーションにより、形状または形態で示される腫瘍の悪性度は、環境に存在する酸素量等の因子に大きく影響されることが示唆された。十分に酸素供給された微小環境では、腫瘍は球形で局在化していたが、抗血管新生治療をシミュレートして作製された環境など、酸欠状態の環境では腫瘍が隣接組織へ浸潤した。

また、2005年3月に数学専門誌で発表された論文に基づき、Dr.Quaranta氏およびDr.Anderson氏が、2006年12月、『Cell』誌にコンピュータによるシミュレーションを発表した。ここでは、不均質な組織あるいは酸欠状態の影響を受けた苛酷な微小環境により、悪性度の高い細胞が腫瘍を支配し、隣接組織に浸潤する指のような突起を形成することが予測された。

「その意味するところは、悪性細胞が成長する可能性は特定の微小環境下でもっとも高いため、微小環境を変えることで腫瘍細胞の浸潤性が低くなる可能性があるということだ」と、Dr.Quaranta氏は述べている。「重要なことは、脳腫瘍細胞株を用いた実験より得られた知見から、チームのイン・シリコ研究結果にある程度妥当性が認められたことである。また、非公式ながら、一部の神経腫瘍学研究者からも妥当であるとの評価を受けている」と、Dr.Cristini氏は説明する。

「これらの神経外科医は、この知見こそ何度となく患者の中にみてきたことだと言っている。このモデルにより腫瘍の形状が予測された。神経外科医らのデータは一切使用しなかった」と、Dr.Cristiniは振り返った。

現在、テキサス大学ヒューストン校保健情報科学部において、Dr.Cristiniはテキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者との連携を始めている。テキサス先端コンピューティング・センターにある世界でもっとも強力なスーパーコンピュータを使用して、Dr.Cristini氏らは、治療によりもたらされた環境等、多様な微小環境への腫瘍の反応を予測するなど、様々な状況を徹底的にシミュレーションし、その結果を利用して新たな治療戦略を策定し、試験を行う。

一般に、このようにコンピュータにシミュレーションをさせる数学モデルでは、以前発表されたデータや新しい実験データなど利用可能なデータを用いて、模倣しようとしている活動の「パラメータ」を代入する。例えば、遺伝子や細胞内タンパク質の活性や重要な細胞の行動(その他の細胞への接着等)を経時的に測定するなどである。

「いくつかのモデルを全腫瘍シミュレーションに当てはめてはいるが、モデルの多くは主に細胞の全プロセスを制御する細胞内シグナル伝達ネットワークに焦点を当てている」と、Dr.Gallahan氏は述べている。

Dr.Thomas Deisboeck氏のコンピュータによるモデル化研究は、脳腫瘍も対象とする混合アプローチであり、上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)の指示を受けた細胞内シグナル伝達経路が、腫瘍の発生に対してどのような影響を及ぼすのかという点に特に焦点を当てている。マサチューセッツ総合病院の敷地内にありながら、世界中の研究者が集まるバーチャル腫瘍開発センターの主任研究者Dr.Deisboeck医師は、コンピュータによるモデル化が重要な影響を及ぼしつつあると考える。

「われわれは実験的に取り組むことのできる画期的な仮説を立て、これらの実験から戻ってきたデータのなかから、モデルを微調整し、改善するのに役立つデータを集めているところである」

例えば、Dr.Deisboeck氏のチームは、最近アリゾナのトランスレーショナル・ゲノム研究所(Translational Genomics Research Institute)の研究者と提携して、イン・シリコシミュレーションに引き続いて細胞株で実験を行った。これらのシミュレーションでは、脳腫瘍細胞の増殖または移動(特定の時点でこれらの細胞がどちらかの行動をとる傾向にあると考えられている)、そしてこれらの細胞が下す「決定」が腫瘍の発生に対して及ぼす影響において、EGFRの果たす役割を評価した。「この結果(近日、雑誌に投稿される予定)から、われわれのイン・シリコの予測の妥当性が十分に示された」と、Dr.Deisboeck氏は述べている。

「このような実験による妥当性の立証は、イン・シリコの分野を広げ、最終的にはコンピュータ上のモデルを従来の実験、臨床試験、臨床ケアにも統合するために重要である。

道のりはまだ遠い。しかし、挑戦はこれからとは言え、癌のプロセスに関する精巧なモデルに基づいて、特定の癌について特定のモデルを構築し、個々のパラメータに当てはめ、人間が治療に対しどのように反応するか確認できる時のことを思い描くことができる。鍵は、モデルをどこまで精巧にできるかという点である」と、Dr.Gallahanは述べている。

— Carmen Phillips

【画像下キャプション訳】

『増殖から約3ヵ月後のイン・シリコモデルの腫瘍浸潤から得られた結果。腫瘍の形態は、穏やかな微小環境(A)下の円形から、苛酷な微小環境(B、C)下の「指形」へと変化している。BおよびCの青い細胞は、もっとも悪性度の高い細胞である(赤い細胞は壊死により死滅している)』 《画像原文参照

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Oyoyo 訳
林 正樹(血液・腫瘍医)監修

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