米国公的保険の適用拡大により、適時がん治療を受ける機会の人種的格差がほぼ解消

ASCOの見解
「今年すでに、ASCOはがん治療の発展における優先研究領域のひとつとして、治療を受ける機会における格差、特に人種的格差問題を挙げています。本研究は、この複雑な課題に関する理解を促進し、その解決方法を特定する上で大きな前進です」と、ASCO専門委員のWilliam Dale医師は述べている。

医療費負担適正化法( Affordable Care Act :ACA)のもと、メディケイド(低所得者に対する米国公的保険)が適用拡大された州では、適時がん治療を受ける機会について過去にみられた、アフリカ系アメリカ人患者と白人患者との人種的格差がほぼ解消されていることが、30,000名以上の電子カルテデータによる最新の解析結果からわかった。Flatiron Health社のデータに基づいた本研究では、メディケイドの適用拡大後に、診断後30日以内に治療を受けた患者割合の改善率は、アフリカ系アメリカ人患者が白人患者と比較して高かったことも明らかとなった。

これらの知見は、米国臨床腫瘍学会(ASCO)のプレナリーセッションで発表される。同セッションでは、ASCO2019年次総会での発表が受理された5,600ものアブストラクトの中から選ばれた、患者ケアに関する最重要研究4演題を取り上げる。

「多くの研究でがん治療ケアにおける人種的格差が話題になってきましたが、健康の公平性を改善する具体的な介入方法を示した研究はほとんどありませんでした。そして今回、メディケイドの適用拡大によって一定の健康格差を解消できるというエビデンスが得られました」と、本研究の著者でYale School of Public Health健康政策・管理学上級科学研究員、Yale Cancer Center(コネチカット州ニューヘイブン)研究員であるAmy J. Davidoff医師(理学博士)は述べている。「また、健康保険に入っているかどうか不明であることは、特に新規にがんと診断された患者にとって、適切な時期に適切な治療を受ける上で大きな違いとなり得ることも明らかになりました」。

2010年に法令化された医療費負担適正化法の主要条項のうち2つにより、各州でメディケイドの適用範囲をより多くの人々に拡大できるようになるとともに、メディケイド受給資格がない人には民間保険加入のための助成金が提供される。メディケイドは州により施行されており、所得が非常に低い対象者は医療費が100%保険適用となる。

州によるメディケイド適用拡大は2014年1月から開始され、実際に施行した州ではメディケイド登録者が大きく増加した。これらの登録者には、新たに対象者となり登録した人と、以前対象者でありながら登録していなかった人が含まれる。

研究について
本研究では、Flatiron Health社の電子カルテで生成したデータベースから匿名化された医療記録データを検証した。全米800の医療機関のデータを含むこの電子カルテデータには、がん診断後、地域のがん病院または大学病院280施設で治療を受けた220万人のデータが含まれていた。本研究では、2011年1月から2019年1月までの間に進行がんまたは転移性固形がん(非小細胞肺がん、乳がん、尿路上皮がん、胃/食道がん、大腸がん、腎細胞がん、前立腺がんおよびメラノーマ)と診断された18~64歳の30,386人のデータを解析した。なお、各州がメディケイドを適用拡大したのは2014年の医療費負担適正化法施行後であり、それ以降適用拡大した州は徐々に増えている。患者ががん診断を受けた時点で居住していた州がメディケイド適用拡大を採用・導入していたかどうかに基づき、患者を適用拡大導入群と適用拡大未導入群に分けた。適用拡大状況の判定にはカイザーファミリー財団の関連データを使用した。

研究者らは、患者が進行がんの診断を受けてから30日以内に治療を受けたかどうかを調べた。治療までの期間を主要評価項目とした理由は、それが臨床的に意義があり、全生存期間と関連があり、患者中心であるためである。年齢、性別、がん種、がん進行度、居住する州、診断時期、失業率、および治療を受けた医療機関の種別も考慮しつつ、メディケイド適用拡大と人種的格差の縮小との相関について検証を行った。

主要な知見
メディケイド適用拡大が実施される前、アフリカ系アメリカ人患者は白人患者と比較して、適時治療を受けた割合が4.8パーセントポイント低かった。患者全体でみると、メディケイド適用拡大後の適時治療について、統計学的有意な増加は認められなかった。しかし、過去の研究でアフリカ系アメリカ人患者が人種的格差において最も不利な立場にあることが示されていたため、次の段階として、白人とアフリカ系アメリカ人患者の間で結果に差があるかどうかに重点を置いた。

・メディケイド適用拡大は、適時治療の観点ではアフリカ系アメリカ人患者にとって最も有益であり、適時治療を受けた割合は、白人患者では2.1パーセントポイントと統計学的に有意でないわずかな上昇であったのに対して、アフリカ系アメリカ人患者では6.1パーセントポイント上昇した。

・メディケイド適用拡大後、適時治療を受けた割合において、アフリカ系アメリカ人と白人患者の間に有意差は認められなかったことから、メディケイド適用拡大以前にあった人種的格差は、適用拡大後にほとんど解消されたと言える。

次の段階
研究者たちは、全州でメディケイド適用拡大が施行された状況と比較して、適用拡大が施行されなかった場合の治療アウトカムを推測するモデルを開発している。

本研究はFlatiron Health社から資金提供を受けている。

研究概要
研究の焦点:メディケイド適用拡大が適時治療に及ぼす影響について、進行がん患者の白人患者とアフリカ系アメリカ人患者の比較
研究の種類:第3相ランダム化臨床研究
患者数:30,386人
評価項目:進行がんの診断から治療までの期間が30日以内であること
主要な知見:がん治療までの期間について、メディケイドの適用拡大と人種的格差の縮小の間に相関が示された。
副次的な知見:医療費負担適正化法(ACA)のメディケイド適用拡大によって、特にアフリカ系アメリカ人患者において、医療ケアが均等化されていた。

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翻訳担当者 瀧井希純

監修 前田 梓(医学生物物理学/トロント大学)

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原文掲載日 

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