手術前の膵がん患者に対する運動プログラム

MDアンダーソン OncoLog 2017年5月号(Volume 62 / Issue 5-6)

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手術前の膵がん患者に対する運動プログラム

術前化学療法中における身体機能改善を目的としたプレハビリテーション(prehabilitation)の効果を臨床試験で評価

局所性膵がん患者に対する術前の化学療法および化学放射線療法には一定の効果が認められているものの、すでに発現している重い症状による身体への負担がさらに増したり、患者の身体機能状態が悪化したりすることもある。膵がん患者の術前の身体機能状態を維持もしくは改善するため、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターはある運動プログラムについて調査を行っている。この運動プログラムは化学療法の効果を高める可能性もある。

「膵がんの患者は、腫瘍が小さくても急速に衰弱していきます」と腫瘍外科部門准教授のMatthew Katz医師は話している。「広範囲に転移しながらも完全に身体機能を保持することさえある大腸がんや乳がんの患者と違い、膵がん患者では腫瘍の大きさがたった1cmでも悪液質かつ重篤となりうるのです」。

Katz氏らは術前化学療法を受けている膵がん患者に対するテーラーメイドの運動プログラムについて調査を行っている。重篤な症状による身体的負担はあるが、診断されたばかりで治癒の可能性がある膵がん患者は術前の運動療法、すなわちプレハビリテーションが実行可能であることをKatz氏らはすでに明らかにしている。さらに、研究者らによる前臨床データからは、この運動プログラムが化学療法の効果を高める可能性があることを示している。まもなく行われるランダム化試験で、これらの運動プログラムが予想どおり身体機能の状態を改善するかが明らかにされる。

プレハビリテーションの理論

プレハビリテーションはもともと整形外科の理論で、術前の運動によって手術を行う四肢が術後すみやかに回復することが示されている。近年、この考え方が腫瘍外科の分野にも応用され、術後の合併症を減らすことと、患者の身体機能の状態改善によってさらなるがん治療を可能とすることが目標となっている(OncoLog 2015年9月のPrehabilitationを参照)。

「パフォーマンスステータス(一般状態)がかんばしくない患者では術後の経過もよくないことがデータから示されています」オステオパシー博士で、緩和・リハビリ・統合医療部門助教のAn Ngo-Huang氏はこのように述べた。「大腸がん患者に関する最近の研究では、栄養、運動、心理面に特化したプログラムが患者の身体の調子を改善しています」。

ただ、運動プログラムが身体的な転帰のいくつかを改善することが示されてはいるものの、腫瘍に関する転帰を改善することまでは示されていない。しかし、これも時間の問題かもしれない。前臨床段階の研究において、運動により膵がん腫瘍組織の血管系が改善され、化学療法薬の到達範囲が拡大することが示されている。

「大半の腫瘍では、増殖スピードが速いために血管が完全な機能を発揮できるまで成熟することがなく、機能不全となります。血管を通じて腫瘍細胞まで薬剤を到達させようとするならば、正常組織には腫瘍細胞以上に効率よく到達させなければなりません」小児科部門助教のKeri Schadler医学博士はこう話す。Schadler博士らは膵がんのマウスモデルによる研究で、化学療法実施中にトレッドミルによる適度な運動をさせたマウスでは腫瘍の血管系が正常化され、対照群と比べ腫瘍増殖が抑えられることを示した。また、運動群のマウスにおける腫瘍ではDNA損傷マーカーであり、化学療法薬到達の代用マーカーでもあるH2AXの発現が増加することも明らかにした。「運動は身体の調子をよくするだけでなく、ここからが重要なところですが、実のところ、薬を効率よく腫瘍に到達させることで化学療法の効果を高めることが示唆されているのです」とSchadler博士は話している。

臨床試験

術前の運動の効用、ならびに腫瘍の転帰改善の可能性が明らかになったことを受け、Katz氏、Schadler氏、Ngo-Huang氏のほか、消化器腫瘍内科学部門助教のDavid Fogelman医師、腫瘍外科学部門研究助手のNathan Parker公衆衛生修士らは、膵がん患者における術前の化学療法または化学放射線療法実施中に行う運動プログラムを開発した。この運動プログラムは、米国がん協会(ACS)および米国スポーツ医学会(ACSM)によるがんサバイバーのための運動ガイドラインに基づくもので、最近終了したパイロット研究および間もなく発表されるランダム化比較試験により評価を受けているところだ。

パイロット研究

単群のパイロット試験(No.2014-0702)は、膵臓の腺がんを有し、事前に化学療法または化学放射線療法を行ってから膵臓切除手術を予定している患者を対象に行われたオープン試験である。この試験には70人が参加し、週に最低3日は20分以上のウオーキングをし、週に2日トレーニングチューブを用いて30分以上の筋肉トレーニングを行うよう指導を受けた。筋トレに際しては、インストラクターDVDや印刷資料、対面指導などを行った。この運動療法は各患者の状態に合わせて内容を調整し、術前の治療が終了するまでプログラムを継続した。

患者の実施状況の確認や、運動に関連する問題に対処するため、臨床試験スタッフが2週間ごとに各患者に電話連絡した。これは、膵がんの症状や、治療開始1~2日目の運動のつらさ、ときには放射線治療のため家にいないことなど、運動の障害となるものを患者が乗り越えようする気持ちを高めるのに役立った。

この臨床試験の主たる目的は患者がこの運動療法を遵守することができるかどうかを確認することだが、最初の20人の分析では成功していることが示された。20人のうち15人が運動プログラムを完遂した一方、他の5人はプログラムに参加せず、手術のためにMDアンダーソンに戻ってくることもなかった。また、この試験ではアンケートおよび身体機能測定により患者のパフォーマンスステータス(一般状態)を評価しているが、プログラムを完遂した15人の患者はパフォーマンスステータスを維持していた。

「いくつもの問題が重なって膵がん患者は運動することが難しくなっていますが、それだけに患者が運動をしたときの効果は特筆すべきものです」とKatz氏は話す。「運動はつらい? たいていはイエスです。でも、患者は運動をちゃんとやります」。

「見ている限りでは、患者はこの運動プログラムが好きですね」Ngo-Huang氏はこう言う。「患者自身が行うケアとして取り組んでもらっています。日常的に運動をしたことのない患者の中には、ライフスタイルを変えようという意欲が生まれた方もいます」。

ランダム化比較試験

膵がん患者が運動療法を遵守できることが確認されたことから、研究者らは、運動プログラムに参加する患者と標準的ケア(運動をするよう薦められ、安全に運動する方法のパンフレットをもらうなど)を受ける患者とに組み込むランダム化比較試験の患者登録を近日開始する。両群とも活動計であるFitbit Zipを用いて毎日の歩行距離をモニタリングする。

本試験の患者選択基準はパイロット試験とほぼ同様だが、膵がんであればいずれの組織型も対象としている点が異なる。また、パイロット試験と異なる点として、運動療法の有酸素運動の時間が週に120分であったものを150分に変更している。この修正後の運動療法であるPancFitは、ACSおよびACSMのガイドラインに相当近いものとなった。

この新規試験の第一の目的は、術前療法の開始時点と完了時点における身体的機能(6分間のウオーキングテストで測定)の変化を運動プログラム群と対照群で比較することだ。第二の目的としては、質問票により測定するパフォーマンスステータスおよび生活の質を比較することなどがある。

相関研究

運動プログラムを完了した患者の大半は膵臓腫瘍の切除手術を受ける。ここで患者から採取した腫瘍試料は、術前治療中における運動の膵臓腫瘍への効果を知るための手がかりに満ちている。

「パイロット研究の患者から採取した腫瘍を分析しましたが、かなりインパクトのある結果でした」、とSchadler博士は話している。「運動することによって、ヒトにおいてもマウスと同様の血管系の変化が起こるものと考えています」。

Schadler博士は腫瘍試料の比較のほか、ランダム化試験における両治療群における血中TSP-1(トロンボスポンジン1)濃度を比較することとしている。高TSP-1濃度と膵がん患者の良好な予後が相関しており、Schadler博士らは運動させたマウスでTSP-1濃度が高くなることを示している。「高いTSP-1濃度が良好な予後と単に相関しているだけなのか、実際に良好な予後をもたらす要因なのかはわかりません。しかし、ヒトでも運動によりTSP-1が増加することを明らかにできれば期待が持てます」とSchadler博士は述べた。

強みをもった研究

本研究の大きな強みとして、患者が受ける治療の質がある。「この研究は、もっとも生存率の高い治療法である膵臓切除手術を実施する流れの中で行われています」とKatz氏は話す。「手術を受ける患者の生存期間中央値は43カ月超ですが、米国の膵がん患者全体の生存期間中央値が20カ月未満であることを考えると、非常に大きな意味があります」。

この運動に関する研究のもうひとつの強みは、他の臨床研究と同時に実施できる点だ。「この運動プログラムに参加することと、試験中の薬剤の臨床試験に参加することとは矛盾しません」Katz氏はこのように話している。「運動に関するパイロット試験に参加した患者の中には、別の臨床試験で行われている術前の免疫療法を受けた方もいます。新しい治療法に運動を加えることで、リスクを上げることなく大きな利益を生むものとわれわれは考えています」。

【上段画像キャプション訳】

運動生理学で博士課程の研究助手Nathan Parker氏が、術前治療中の膵がん患者に対するプレハビリテーションに含まれるトレーニングチューブによる強化運動を実演。

【中段右画像キャプション訳】

膵管腺がんを移植マウスを通常運動(対照)群とトレッドミル運動群にランダムに割り付けた。腫瘍サンプルの免疫蛍光染色では、運動群の腫瘍(右)は対照群と比べ血管が大きく機能的であった(緑色)。腫瘍の血管系改善は化学療法の奏効と関連していた。画像はKeri Schadler博士の厚意による。

For more information, contact Dr. Matthew Katz at 713-794-4660 or mhgkatz@mdanderson.org, Dr. An Ngo-Huang at 713-745-8157 or ango2@mdanderson.org, or Dr. Keri Schadler at 713-794-1035 or klschadl@mdanderson.org. For more information about clinical trials for pancreatic cancer patients, visit www.clinicaltrials.org.

Further Reading

Cloyd JM, Katz MH, Prakash L, et al. Preoperative therapy and pancreato-duodenectomy for pancreatic ductal adenocarcinoma: a 25-year single-institution experience. J Gastrointest Surg. 2017;21:164–174.

Schadler KL, Thomas NJ, Galie PA,
et al. Tumor vessel normalization after aerobic exercise enhances chemotherapeutic efficacy. Oncotarget. 2016;7:65429–65440.

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翻訳担当者 橋本 仁

監修 大野 智(補完代替医療/大阪大学・帝京大学)

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